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【ジュエリー学No.7-2】淡水真珠はなぜ海洋系の真珠より安いのか?

今回は、淡水真珠に関するお話です。

 

淡水真珠淡水パール湖水パールなどなど呼び名は様々。中には、フレッシュウォーターパールなどという、何だか瑞々しい名前もあります。

まあどんな書き方であろうと、「ああ、海水じゃないんだろうな」という名称だと淡水真珠です。

フレッシュウォーターも、要は「淡水」を英語にしているだけ。何故わざわざ英語にするのかは、よく分かりません。ええ、よく分かりません。

呼び名が色々あるので、この記事では以下「淡水真珠」で統一しています。

 

この淡水真珠、なぜ「安い」のでしょうか?

海洋系の真珠と比べても、格段に安い淡水真珠。中には淡水真珠でもプレミアな価値つくような珠もありますが、どちらが高値で売買されているかは、比べるまでもありませんよね。

 

今回は、淡水真珠の値段が安い理由、そして淡水真珠にまつわる色々なお話を、ちょっと他所とは違う視点から見ていきたいと思います。

 

 

淡水真珠とは

 

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淡水真珠とは、文字通り湖や川などの淡水に生息する貝から採れる真珠の事です。主に、イケチョウガイ(池蝶貝)やヒレイケチョウガイ、カラスガイを使って養殖をします。

 

実はこの他にも、淡水に生息する様々な貝の淡水真珠が存在します。

でもほとんどの種が、生息する地域や国で絶滅危惧種指定されているのが現状。当然ですが、そんな希少な貝での養殖は行われていません。

もし、それらの淡水貝の真珠を見かけたとしたら、おそらくは貝が自然に生み出した天然真珠でしょう。

 

つまり、淡水養殖真珠=イケチョウガイ系orカラスガイということになります。(イケチョウガイ(ヒレイケチョウガイ)を、三角帆貝と言うこともあります)

 

イケチョウガイ系は、バロックや平たいコイン型の淡水真珠が採れやすいです。

カラスガイの真珠は、小さな楕円のライスパールや皺の多い淡水真珠となることが多いです。

 

ですが、通常販売する際は、この二つを区別することはありません。

全て合わせて、「淡水真珠」と呼ばれています。

 

イケチョウガイ系の方が、若干高値?

まあ、全ては品質次第ですが。

 

ちなみに、近年品質の良い淡水真珠を「湖水真珠」として、別枠で売り出していることがあります。

でも明確なルールがあるわけでも、分類法があるわけでもないので、「湖水真珠」=「高品質淡水真珠」と考えるのは、早計ですよ。

 

淡水真珠が海産の真珠よりも安い3つの理由

 

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では、どうして淡水真珠は、海洋系の真珠よりも安い値段で取引されるのか?

それには、大きく3つの理由があります。

 

1・1つの貝から採れる真珠の数が違う

一つの貝から採れる淡水真珠の量は、海洋系の真珠と比べると何十倍も多いです。

 

海洋系の貝で真珠を作る場合、1匹の母貝(真珠を作る貝)が生み出す真珠は1つだけです。

つまり、あなたの手元のアコヤ真珠のネックレスに50の珠が並んでいたら、50匹のアコヤ貝(実際にはその何倍も必要ですが)を養殖したことになります。

 

南洋真珠も黒蝶真珠も同じ。1匹に対して1珠が、当たり前です。

もし複数の真珠を作ったとしても、せいぜい1つ増えるか2つ増えるか。

 

対して、淡水真珠は桁が違います。

普通、一度の養殖で2~30個生産します。この時点で、生産コストは海洋系真珠の1/20以下ですね。

 

(海洋系でも、1母貝1珠ではない場合もありますが、ややこしくなるのでここでは省略しました)

 

2・養殖に核を必要としない

 

淡水真珠の養殖には、「核」が必要ありません。

 

核とは、海洋系の真珠養殖で、絶対に必要なものです。

海洋系の養殖では、球形に成形した貝殻を母貝に挿入し、母貝に丸い真珠を作ってもらいます。

核入れは一個ずつ手作業、いわば貝の外科手術ですね。下手な人が行うと、母貝は死んでしまいます。

また質の悪い核を入れても、良い真珠は作れません。

核の生産から、貝への挿核作業。これにはかなりのコストがかかります。

 

そんな海洋系真珠養殖の要である核が、淡水養殖には必要ありません。

大げさなこと言うと、母貝の「ある部分」を「ちょんちょん」と傷つけると、その傷つけた個数だけ母貝が真珠を作る。そんなイメージです。(実際は、もっと複雑ですが)

 

核がいらない=核に関わるコストは不要=安く仕上がる、ということですね。

 

もちろん核が無い分、厚い真珠層が必要となるので、淡水真珠の養殖期間は長くなります。

けれど、それを考慮してもまだ余りあるほど、淡水真珠は「一度に大量に」「海洋系より圧倒的な低コスト」で作れるのです。

 

3・中国で生産している

 

そして、もう一つ、淡水真珠の養殖コストが安くなる理由があります。

それは中国で生産しているから。

 

中国と言えば、様々なものが低コストで生産できる、「世界の工場」と呼ばれた国です。

物価(人件費)が安ければ当然、養殖も安価で行えます。(最近は物価が上がってきているようですが)

 

まあ、この話はもっといろいろな問題が含まれているのですが、それは次の項で説明します。

 

ということで。

以上3つの理由により、淡水真珠は海洋系の真珠と比べて安価で生産が可能なのです。

 

安い=低品質ではない

淡水真珠は確かに安い値段で取引されます。

けれどそれは、決して品質が悪いからではありません。

 

淡水真珠と言えども、最高品質のものは何十万のジュエリーに加工されています。

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↑これも、淡水真珠です。

 

逆にアコヤ真珠でもあまりに品質が悪ければ、タダ同然の値段しかつかないです。

 

以前仕事で扱った、淡水真珠3mm厘珠ネックレス。

完全な丸型で、テリも素晴らしいその淡水のネックレスは、同じ大きさのアコヤ真珠ネックレスの中に混ぜても、遜色ない程の美しさでした。

そういった淡水真珠は、高品質なアコヤ真珠には届かないまでも、決して安価な品物ではありません。

 

淡水真珠であれ海洋系の真珠であれ、真珠の値段を左右するのは、品質これしかありません。

 

淡水真珠に見る日本の真珠養殖の未来

 

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<注意書きみたいなもの>

これ以下で私が書く話は、通常の宝石業の人なら、話しません。

結構マイナスイメージな話です。真珠の商売をする上で、こんな話をしても買い手に良い印象を与えないです。

 

また、これは業界がたどった歴史を、ある一方向(私の視点)から見た話でもあります。

反対から見れば、全然違う話になります。

物事なんで全てそうですが、右から見た時と左から見た時では、全然印象は違いますよね。

だから、私の方向から見た話が、完全な真実であるとは限らない。一個人の意見にすぎないかもしれません。

 

以下の話は、そんな話題です。

<注意書き、ここまでです>

 

現在の淡水真珠の主な産地は、先ほども説明した通り、中国です

実は日本でも淡水養殖はおこなわれていましたが、あれやこれやがあり、今となっては日本産はあまり多くはありません。

 

ええ。

あれや、これや」があったんです。

色々な問題をはらんだ、ヤヤコシイ話なんです。

 

日本で起こった淡水真珠のあれこれ

 

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元々、日本固有種のイケチョウガイは、琵琶湖や淀川水系に住んでいる貝でした。

その貝たちは淡水真珠養殖の目的で、1930年頃から人の手で霞ケ浦に分家されます。

ところが、1970年代になると日本のイケチョウガイはどんどん死滅。絶滅へと進んでいきました。

これは環境の悪化が原因と言われています。

 

このままでは養殖できる貝がいなくなる! 危機感を持った人々によって、イケチョウガイの近種である「中国固有種のヒレイケチョウガイ」が輸入されることに。

イケチョウガイヒレイケチョウガイ

近種であっても別の貝。大陸由来の、いわゆる外来種です。それを、人の手で入植した。

 

これは苦渋の決断だったのか、もろ手を挙げて受け入れられた手段だったのか、私はそこまでは知りません。

ですがヒレイケチョウガイを使ったおかげで、霞ケ浦の養殖用真珠貝は絶滅を免れ、養殖業は存続しました。

いえ、存続どころか、今までの淡水真珠よりも高品質な淡水真珠が養殖できるようになったのです。

 

淡水真珠の品質が上がった理由は、イケチョウガイヒレイケチョウガイの交雑

交雑種が作る淡水真珠は、今までの淡水真珠よりも大きく、また美しく仕上がりました。

 

この結果を見たイケチョウガイの故郷・琵琶湖(こちらも、イケチョウガイの死滅は起こっていました)は、ヒレイケチョウガイに淡水真珠養殖の未来を託します。

要は、琵琶湖も、霞ケ浦からヒレイケチョウガイを持ってきたのです。

 

この結果、日本固有種のイケチョウガイがどうなったのか、言うまでもありませんよね。

交雑が進み、固有種であるイケチョウガイは、もうほとんど残っていないそうです。

 

現在イケチョウガイは、環境省が指定する絶滅危惧種のレッドリストに載っています。

具体的には、大阪府内では絶滅。残りは滋賀県と京都府ではわずかに生存していますが、こちらも当然絶滅危惧種に指定されています。

 

この結果を見ても、私は「日本の固有種を守らなかった、養殖業者や真珠関係者は悪者だ」なんてとても言えません。

だって、その人たちは、淡水真珠の養殖業で生計を立てていたんです。きっと技術者としての誇りも持っていた。

そんな人々がどんどんと死滅していくイケチョウガイを見て、どんな思いを持ったのでしょう? 伝統ある養殖技術が無くなっていくのを見るのは、どんな思いだったのでしょう?

この問題、誰かに責任があるとすれば、イケチョウガイが住めない環境を作り出した、全ての人間にあるのだと思います。

 

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で、そんな必死な思いで繋いだ淡水真珠養殖なのに、今は「淡水真珠=中国」の公式が成り立っています。

以前よりも高品質な淡水真珠が作れるようになったにも関わらず、です。

 

要は、安価な中国産淡水真珠に負けたのです。

 

貝の死滅が始まって以降、養殖業者はお金を稼げずにどんどん減り、止めとなった安価な外国品により、今では壊滅状態。

 

2012年から、琵琶湖の淡水養殖真珠復活のための実験が行われていました。

その実験の結末が、2019年のこのニュースです。

「淡水真珠、養殖実験打ちきりへ」

 

もちろん、今も頑張っている養殖業者さんがいるのは、確かです。

ただ、現状もう数える程しか業者さんがいないことも、確かなのです。

 

一方ヒレイケチョウガイの故郷・中国では

 

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一方ヒレイケチョウガイの出身国の中国でも、いろいろな流れがありました。

 

日本にヒレイケチョウガイを持って行き、交雑種によって今までよりも美しい淡水真珠が生まれた事実は、ヒレイケチョウガイの故郷・中国にも当然伝わりました

伝わったらどうなるか、分かりますよね。

 

今までよりも美しい淡水真珠を生み出す交雑種が出来る=今までよりも高値で淡水真珠が売れる。

 

そう。中国のヒレイケチョウガイにも、「外来種」のイケチョウガイの遺伝子が入ったんです。(もしかすると、交雑種の方が輸出されたのかもしれません)

結果、中国ではより良い淡水真珠を生み出すために、積極的な交雑種の繁殖が行われました。現在でも、中国では日中の交雑種が増え続けていると言われています。

 

そして、中国でもう一つ問題となっていること

それは淡水養殖のために使用される化学薬品(リン酸塩?)によって引き起こされる、深刻な水質汚染

中国国内で養殖による環境破壊が問題視されているかどうかは別として、そのような事実があるという報告が存在します。

 

日本のイケチョウガイ絶滅と同じような事態が、中国で起こらないことを祈るばかりです。

 

真珠養殖技術は世界中に流出した

 

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もう一つ、日本の淡水真珠養殖において、大きな問題がありました。

実は、日本から中国に持って行ったのは、貝だけではありませんでした。当時は養殖業者も沢山海を渡ったんです。

彼らは中国に、淡水養殖に必要な道具や技術を「持って行った」

ところが、養殖業者は純朴な方が多く、いわゆる農家気質な方々です。良くも悪くも「日本人」だった彼らは、結局数年もたたないうちに、技術も養殖道具も全てお隣の国に「差し上げて」引き上げる羽目になりました。

 

帰国の際、彼らには儲けも見返りも一切なかった。養殖技術輸出に投資したお金のすべてを失った。それどころか、危うく犯罪者として捉えられそうになった人もいた。

日本での養殖業に限界を感じ、海外に希望を見出した結果、お金も職も、何もかもを失い帰国。そんな人も中にはいたそうです。

 

多分、この話は私よりも更に上の年齢の、古参の業界人しか知りません。だから一部、大げさに伝わっている話もあるでしょう。

でも、確かに中国淡水養殖技術は、元は日本の養殖業者のおかげで伝わったものだったと、その人たちは言います。

それなのに、私たち日本人ですら「淡水養殖真珠は中国のモノ」と思っているのが現実。

 

実は、中国以外の国でも、日本人が養殖技術を海外に持って行き、結局技術を奪われ帰国したという話はあるようです。

日本側からすれば「奪われた」だとしても、向こうの国からすれば「日本側に非があった」と解釈されていることでしょう。これは、世界と渡り合う力がなかった業界の弱さが招いたこと

その通りです。

 

だからこそ、この事実はしっかりと日本国内に伝えていかないといけないのだと、私は思います。

 

淡水が安い理由と日本の淡水真珠養殖の(栄)枯(盛)衰の話

 

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栄と盛の部分は、何も書いていませんが。

淡水真珠は、安価でアクセサリーにも良く使われているから親しみやすい。

アコヤ真珠などよりも、身近な真珠だと思う。

淡水真珠にそんなイメージを持っている人が読むと、気分が落ち込みそうな内容でしたね。

 

淡水真珠は、大量生産ができて、コスト安で作れて、更に安価な外国産が大量にある。だから、海水系真珠の何十分の一という価格での取引が可能です。

決して品質が悪くて安物、と言う事じゃないですよ。

淡水真珠であろうと、最高品質のものはハイジュエリーになります。

ただ、安価なものが大量に出回るので、淡水真珠=安いというイメージが定着しただけ。

 

そんな淡水真珠の歴史について、私見も交えて解説していきました。

ジュエリー業界って、美しい世界ではないです。

こういう話を見ていると、特にその思いが強くなります。

 

でも、この話題を過去の事として語っている場合でもありません。

アコヤ真珠の養殖業も、現在進行形で同じルートを進んでいます!

 

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国内でのアコヤガイの大量死と、業界不振による養殖業者の激減。更には、技術継承が出来ないまま閉業し、完全に途絶えてしまった真珠養殖加工技術。

中国、ベトナムなど、より安価に生産できる海外産アコヤ真珠養殖の台頭。

それに伴う、養殖業者の海外進出。

ここ数年は国内需要もさらに落ち込み、唯一の生き残る道は中国をはじめとする外国に売ること。淡水真珠の時に持っていなかった「世界と渡り合うだけの力」、日本の業界は手に入れたのでしょうか?

 

淡水養殖業が辿った道を見ると、未来が透けて見える気がします。

かつて、日本の輸出業の一角を担った日本産アコヤ真珠。絶滅までのカウントダウン、0はもうすぐそこに迫ってきているのかもしれません。

 

暗い話は、もうこの辺でおしまいにしましょう。

さあ気を取り直して、おいしいものでも食べようかな。